夜のファミレスは魔窟

家は誘惑が多かったので、大学生のころはよく近所のファミレスや喫茶店、ファストフード店で勉強をした。昼に勉強しに行くこともあれば夜に勉強しに行くこともあった。昼は昼、夜は夜でうるさかったが、昔は夜の雰囲気も結構好きだった。

 

平日昼のファミレスや喫茶店は近所のおばさま方が世間話や井戸端会議をしている程度のもので、時々起こる笑いに気が散ることもあったが、それでも家よりは誘惑が少なかった。一方で夜は少し様相が違った。夜は遅い夕食をとる人だけでなく、夜しかできない話をしている人が多かった。先輩に進路や恋の相談をする学生・社会人が必ず一組はいた。たいてい混雑しているので人の話は聞こえないのだが、中には感極まって泣き出して人の目を引いたり、いやに静か過ぎて人の話が聞こえてくることもあった。その中にはいい話もあったし笑い話もあったしほのぼのばなしもあったが、ひどい話もあった。もうほとんど忘れてしまったがひとつだけ覚えている。

 

それはあるファストフード店に入ってきた女性二人がしていた会話だ。あの日は客が私たちしかいなかったので、話が全部聞こえてきた。勉強をする手が完全に止まったのは後にも先にもあのときだけである。

二人は大学のサークルの先輩後輩で、最近後輩が付き合い始めた男が余りまともではなく先輩が後輩を心配して話を聞いていた。後輩の話を簡単にまとめると、『自分にとってはやることよりキスのほうが大事だから、トイレでキスされたのが一番いやだった。新しい彼氏はクズみたいなやつで後輩は正直別れたい。でも気持ちよくなりたいから一回やってから別れたい』ということだった。私は後輩が宇宙人のようだと思ったが、先輩にとっても同様だったようで、ずっと「そうなんだ。私はその感覚わからない」とつぶやいていた。あきらかに引いていた。今にして思うと、後輩はメンヘラだった。 彼女の見た目は普通でファッションも普通、腕にリストカットの後があるわけでもない。でも発言があきらかにおかしい。別に他人に迷惑をかけているわけではないようだったのだが、いつか本人が壊れるんじゃないかと思われた。

 

それ以降夜にその店に行くのはやめてしまった。彼女の話が一番怖かったけど、夜のレストランではなんともいえないエピソードにはいくつか遭遇した。ファミレスやファストフード店は行く時間で様相が変わるので、不穏な会話を聞きたくなければお昼に行くほうがいい。