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幸せとは何か

幸せは自己満足ですよ。

 

幸せとは何かと人に聞くと、いろいろな答えが返ってくると思う。

お金持ちになることだったり、結婚して子供を持つことだったり、恋愛をすることだったり、仕事を趣味にすることだったりと、幸せの形はさまざまだ。ある人は家族がいなくてお富豪になればそれで十分だったりするが、別の人は裕福でなくても子供を育てることが幸せだと考えている。

幸せは人によってまったく異なる。幸せは客観ではなく主観なのだ。

 

ではどうすれば幸せになれるかというと、自分にとっての幸せの条件を明確にしておのおのを満たしていき、結果を人と比べないことだ。

幸せの条件は、私の場合であれば、ホワイトな職場でほどほどに働いて趣味を細々と続けれれば十分幸せである。自由な時間>お金、と言う図式がそこにはある。裏を返せば、いくら高給でも残業がものすごく多かったり、ブラックな仕事はアウトである。ただし時間はお金で買えるので、特定の季節や締め切り前が忙しいと言う場合でも、多めにお金がもらえるならウェルカムだ。私は今のところ、この条件をまあまあクリアしている。それなりに幸せだ。

 

さて一方で、世の中には他人から見れば幸せな条件を備えているのに、実際はまったく幸せではない人がいる。ひとつは自分にとっての幸せを勘違いしているケース、もうひとつは本人が不幸せだと思っているから不幸せなケースである。

 

本人が不幸せだと思っているから不幸せなケースは、自分と他人を比べすぎてしまう人たちに多い。誰にでも他人と比べる気持ちはあるだろうが、あまりに大きいと苦しむことになる。

たとえば、お金持ちになりたいと思って高収入な職場で働く年収が1千万の人がいるとする。サラリーマンだとその金額でも同じ職場の人たちは似たような給与で働いており、上司や先輩、あるいは後輩がより高い収入を得ているケースは珍しくない。そのような場合、もともと自分が掲げていた目標額を超えていても、ついつい他人と金額を比較してしまい自身を不幸だと感じてしまうケースがある。

また、年収が高い仕事は激務が多いので、人によっては休みの日はほぼ寝てすごしたり勉強でつぶれる人もいる。すると、同じような収入で趣味を満喫したり幸せな家庭をもっていたり何かを成し遂げている人をみて、自分を駄目な人間だとみなしてしまうこともある。

いまだとさらに、ネットを通じて成功者の様子がすぐに見えるので、上を見ると本当にきりがない状態でもある。

 

良くも悪くも、人のおかれる環境には似たような状況の人が多い。ところが似たような状況に見えても、それぞれに事情があり違いが存在する。その違いはいいもののときもあるし悪いもののときもあるが、他人の背景なんてすべて見えるわけではないので、他人の優れたところばかりが目に入り自分は駄目だと思ってしまう人もいる。たとえその人が高給取りでも、そこそこ友達がいても、健康でも、いい職場でも、その人が不幸と思ってしまったら、幸福と感じることは難しい。

 

逆に他人から見て幸せそうでなくてもあるいは普通に見えても、とても幸せそうに暮らしている人もいる。

幸せというのは、突き詰めて考えれば自己満足で、主観的なものだ。