人生の目標と自問自答について

久しぶりに泣きたい

 

ずんずんさんのブログの今回の記事では、自分の夢がわからない人がどうやって夢を見つければいいのか相談があり、その答えが「紙とペンを用意して20分ぐらい思いついたやりたいことを全部やれ」という答えだった(詳しくは下記のライフハッカー参照)。

 

zunzun428blog.hatenablog.com

 

www.lifehacker.jp

 

 

私も自分の夢はあまりない。

たぶん今が平和なのが大きいと思うが、別にお金のかかる趣味を持っているわけではなく、住むところはトイレ風呂共同でもなんでもよい。おいしいものは好きだが、自分で手間隙かけて作れば大体満足できる。つまりキッチンさえあればよいのだ。

 

そのため、そこそこのお金があればそれで満足できる。とはいえ、家族や自分にいつ不幸や病気があるかはわからないから、ある程度何かあっても大丈夫な程度には備えようとしている。

しいて言えば定年まで自分ひとりが食べられる程度に稼いでいきたい、というのが私の夢というか、目標だった。

 

上のライフハッカーの記事を見ても、やる気はさらさらおきなかった。

 

寝る前に部屋の電気を消したところ、消し忘れたPCのその画面だけが煌々と光っていた。どうしてだかわからないが、それを見てふとやってみようと思った。

 

やってみた結果はこちら。

  • 家でごろごろしたい
  • ずっと趣味をしてすごしたい
  • 毎日お昼まで寝たい
  • 結婚したい
  • 子供がほしい
  • 海外旅行
  • 世界一周
  • 海外移住
  • 中国語を習ってみたい
  • 他人とうまくやっていきたい

上のほうのことはやりたいことだ。全部できなくてもいいのだけれど。

途中までは普通だったが、最後のところで、あ、となった。

そして泣きそうになった。まだ私はこれに取り付かれているのかと。

 

小学校でいじめられてからというもの、人付き合いは苦手なもののひとつだ。といってもそれは子供の頃の話で、今は普通に他人と話して仲良くなることができる。真剣な話をすることができる友達も何人かいる。人付き合いに不自由なことは特にない。ほかの人に、私はコミュ症です、人見知りです、といっても誰も信じてくれないだろう。

 

ほかの人から見て、私はコミュニケーションが下手なほうではない。でも、私の中には、コミュニケーション能力が何をしてもあまり上達していないかのような気持ちがある。

なんというか、外からの評価と自分の評価がどうしても一致しないのだ。技術的にはまったく問題ないのだけども、自分に対する評価がなかなか上がらない。つまるところ、問題は私の精神的な部分だ。

 

別の意味で泣きたくなった。われながらいつまでもばかばかしいような気持ちになるが、もう仕方がない。どこまでも気がすむまで付き合っていくしかないのだろう。

 

ところで、やっていて思ったのは、これは一人カウンセリングみたいなものなのだろうな、ということだ。

ちょっとこれやってみたいな、というものからはじめ、お金や仕事、趣味、遊び、人助けなど、こちらの分野か、いや違う、という試行錯誤を繰り返す。そのうち、ぱっと考え付くものは消えてしまい、自分がそれまで考えていなかったこと、意識的にか無意識的にか考えようとしていなかった何かが出てくる

 

たぶん、自分がやりたいことがわからない人間は、今の自分に満足していて夢を考える必要がなかった人か、夢を考える余裕がなく自分の望みを隠していた人ぐらいなのだろう。