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勝手に他人の持ち物を捨てる話が苦手です

私は勝手に他人の持ち物を捨てる話が苦手だ。

最近はミニマリストと断捨離のネタがたくさんでていて、旬の話題と化している。親が子供の持ち物を勝手に触ったり捨てだりしてしまうと言うのは割とよくある話だと思うが、大人が大人のものを勝手に捨てると言うのはわりと新しいなあと思う*1

 

私は子供の頃何度か、とっておいた大好きなお菓子を誰かに食べられてしまうという悲しい目にあった。幼稚園や小学校の頃のことだったが、母に言っても母は他の子供を叱ったりはせず、「ずっと食べないからいらないんだと思った」「新しいのを買ってあげるからなくのをやめなさい」と言った。後でわかったことだけど、他の子供が母に目に付くところに会ったお菓子を食べていいか聞き、母が勝手に許可を与えていたのだった(母が食べたケースもあった)。他の子供はそれを私のお菓子だと知らなかったのと、母は子供に対しては謝れない人だったので、このことで謝ってもらったことはない。

 

私は私で当時は何が起こったかかわからず、人の持ち物に勝手なことをしても怒られない理由もまったくわからず、そのわからない気持ちも理解してもらえず、なぜかお菓子をとられた上にしかられると言う意味不明なことになってとても悲しかった。

そういう時、母は本当に同じお菓子を元の数倍買ってくれた。でもそのことで誰かに謝ってもらったことはなかったし、同じことがおこったときに以前のことを蒸し返すと"しつこい"と怒られた。お菓子は戻ってきたので、お菓子そのもののことは良かったのだけど、当時の私にすればどうしてだかとてもつらかった。今はその理由が理解できる。私はとても軽んじられていたのだと。

大人からすればただのちょっとしたお菓子でしかないので、新しいのを買ったのだからもういいでしょう、と言う気持ちもあるだろう。そういう、子供と大人の重大性というのもズレとしてはあるのだけど、どうしてああも傷ついていたのかというと、私はいやだ・悲しいと伝えてもお前が我慢しろとしか言われず、私が我慢することが当たり前で、我慢しなかったらお前が悪いのだ、と言うメッセージを親から受け続けていたからだった。今では親自身がそういうメッセージを発していたことに無自覚で悪気ゼロだったと言うことがわかっていることや、世の中にはそういうことがたくさんあると言うことがわかり、同じことが起こっても蒸し返したりはしなくなった。

 

とはいえ、いまでも許可なく他人の持ち物を捨てる話がどうも駄目である。

たとえ本人が今使っていないものでも、人の持ち物と言うものは広義の意味でその人の一部・領域のようなものだ。その一部を勝手に捨ててしまうのは、その人のことを"捨てて"しまうことに近い。

 

他人からすると、物は物でその人の一部ではないので、捨てることに抵抗はないと思う。ところが当人からすると、自身の領域が侵されているような奇妙な感覚に襲われることがある。

自分にとってなんでもないもの・ことが、相手にとっても同じだとは限らないのだ。

*1:多くはおそらく最近話題のネタになってしまったがゆえの釣りだと思うが、何件かは実際に起こったことなのだろうとも思う