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いやな人たちをなんとも思わなくなる方法

世の中には、時々信じられないほど失礼なことやいやなことを言う人がいるけど、この人たちかわいそうな人なんだな、と思うとまったくむかつかなくなった。

 

そういう嫌な人たちはたいてい初めて会って雑談して3分ほどで、容姿、性格、仕事やらを否定してくる。

 

たとえば、知人が生命保険会社に就職が決まったところ、その場にいたおじさんが「生命保険?人死にで金稼ぐんだよね」と笑いながら言い放った。

そんなことを言われて気分のいい人はいないだろう。でも、このおじさんはそんなこともわからないのだ。

 

そんなことをいう人たちは、別に相手のことが嫌いなわけではない。ただのたいしたことのない雑談として、ニコニコしながら暴言を吐く。それが暴言だなんて思ってもみないし、こちらがそれで嫌な顔をしても気づきもしない。

そして、そういう人ほどその後の付き合いでも暴言を吐く。たいていが年上のおじさんおばさんで、年下の人間が注意しても聞かない。

昔はそういう人たちにいらいらして、あの人とはもうかかわりたくない(かかわる必要があっても必要最低限にする)ということが多くあった。

 

でもあるとき、この人たちってどんな生活を送っているんだろうか、とチラッと思った。他人に悪意なく失礼なことを言うということは、何が失礼かわかっていないということだ。ということは、家庭でも仕事場でも友人にもやっているのだろう。どこかでデリカシーのない人として嫌われていることだろう。

そして、今までそれでやってきたということは、それを注意してくれる親しい友人もいなかったのではないか、とも思った。いたかもしれないが、暴言にいたるまでに自分の行いを改めなかったということだ。老後がさびしそうだな、というあたりまで考えた。

この人たちはきっとこの先もこうだろう。そう思うと、なんだかかわいそうな人だなあ、と思うようになった。暴言ぐらいではまったくいらいらしなくなった。

 

それ以来、初めて会う人に暴言をはかれたり、仕事のような怒ってはいけない場面で嫌なことをされても、あまりいらいらしなくなった。

だってこの人たちかわいそうだから。他人の気持ちも考えられない人たちだから。

私の人生、こんなかわいそうな人にかかわって無駄にしても仕方がない。

 

最近、これって何かに似てるような、と思って最近やっとわかった。

 

悪い人が死んだら地獄に行く、と信じている人に近い。悪いことをしている人間はいつかひどい目にあう、というあたりが同じだ。

私は地獄が必ずあるわけではないと知っているし、あの手の人たちが必ず不幸になるわけではないことも知っている。何でも許すわけではなく、セクハラと暴力と度重なる暴言に関しては対処をしている。

それでも、私の方法がいいものかどうかはわからない。

たぶん、ある程度は効果があるのだけど、信仰のように必ずあいつらは不幸になる、と思って嫌なことを我慢するようになると良くないだろう。

適度な受け流しとストレス発散は必須なものだ。